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From New Zealand 2007年7月,ニュージーランドへ移住してきました。ニュージーランドでの日常生活についてつづります。

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昨夜はオケ(NZSO)のコンサート

昨夜,年始からずっと楽しみにしていたニュージーランドシンフォニーオーケストラ(NZSO)のコンサートに行ってきました。
前回は1人で行きましたが,今回は無理矢理旦那を連れて行きました。

曲目は,
・チャイコフスキー 「1812年」
・TIENSUU 「Puro for clarinet and orchestra」(フィンランドからクラリネット奏者がゲストに)
・リムスキー・コルサコフ 「シェヘラザード」

このコンサートを選んだのは,1,3曲目が大好きな曲だったからです。

わたしは家の中でクラッシックが流れている家庭で育ちました。
こう言うと偉くリッチな家庭で育ったイメージですが,そういう訳ではありません。
単に母と兄が音楽が好きだったのです。

当時はカセットテープかレコードでしたが,夕食の時はよくクラシック音楽をかけました。
子どものときから何度も何度も聞いた曲が,この「シェヘラザード」と,ストラビンスキーの「春の祭典」でした。

「春祭」を知っている人は,なんちゅう家庭やねん,と思うでしょう。
「春祭」はレコードがあり,それはそれは貴重な扱いで,何かのお祝い事(?)の夕食時しかレコードを聞かなかった記憶があります。
それでもテープやビデオで何度も聞きました。
ティンパニーを間違えたN響のビデオも貴重だから(?)大事に持っていました。
兄はフルスコアを持っていて,当時のわたしにはちょっとついて行けませんでした。

もちろんこの「シェヘラザード」もフルスコアはもちろん,N響も含めて海外のオケのビデオも持っていましたし,テープも何種類も持っていたと思います。
そんな思い出深い曲です。

実のところ,「シェヘラザード」の思い出はそれだけではありません。

「シェヘラザード」は忘れもしない,4楽章を「中学生」の時に吹奏楽で演奏したのでした。
この曲を知っている人は,よくもそんな難しい曲を中学生が?と思うでしょう。
わたしの中学は別に上手だったわけではなく,コンクールも大阪府大会に行けないレベルの学校でした。

三校合同演奏会というのがあり,わたしは天王中学という中学でしたが,三島中学(だったと思います)の吹奏楽の先生がよほどこの「シェヘラザード」をやりたかったのでしょう。

わたしは(恐らくみんな?)「先生,これは無理でしょう…」と心の中で思っていましたが,強引に演奏会で演奏し,案の定失敗したのでした。

「失敗」?

はい,曲が途中で止まりました。

最後のバイオリンソロを,アルトサックス(わたし)→フルート→ピッコロとつなげるのですが,そのフルートとピッコロのつなぎで止まったのです。

(わたしのミスじゃないも~ん)


珍しく昔のことを思い出してしまいましたが,なんせやはり生演奏はいつだっていいです。
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昨夜はオケ(NZSO)のコンサート
「1812年」大好きです。あの威勢の良い感じが。
わたしの父もクラシック好きでしたが,家に流れていたのはベートーベン・モーツァルトといった,いかにも!クラシックの曲ばかりでした。
「シェヘラーザード」というと,フィギュアスケートを思い出します。
YOUKO URL 2009/06/17(Wed)00:06:56 編集
電子音
1812年の「残念」は大砲が必要以上にデカイ電子音だったことです…。
ベートーベン・モーツアルト、優雅でいいですね。
ベートーベンはもっぱら「運命」好きで、やっぱり優雅系よりも迫力系が好きみたいです。

今のご家庭はどうですか?
も~ 2009/06/17(Wed)08:18:43 編集
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